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2005.09.05

『イリヤの空、UFOの夏』

 原作ノベルを読了しました。って、お前同人誌作るの決めたクセに原作読んでなかったのかよ、てな感じでしゅが。まぁ、1巻は持っていたけど読まないままで、アニメになるっつーんでそっち先手を出した、てなもんで。電算機氏が言うには「アニメは『マリみて』と同じ様な理由で不評らしい」てな事だったんで、尚更、原作読まねばな、と。

 作品の設定とかストーリーとかは、書くのが面倒なので(^_^;)アニメの公式とかぐぐり結果などで該当記事を探して頂くとして。似た様な世界設定を持つ『最終兵器彼女』とは違って、個人的に面白かったのは、戦闘シーンが(ほぼ)一切登場しなかったと言う点。どこかと戦争になってるらしいんだけどそれはひた隠しにされてる世界、てのを際だたせる事に非常に貢献してた。まぁ、伊里野が敵勢力に唯一対抗出来るマシンのパイロットである事はしっているけど相手は誰?程度の情報しか与えられていない主人公、浅羽に感情移入させるならば、敵の正体は最後の最後まで秘密にしとかなきゃならない、と言う部分に集約出来てしまうのだけど。このおかげで、日常に入り込んでくる非日常、てな空気感がひしひしと感じられて、そこは効果的だった。

 もっとも、それはあくまで文字媒体での成功例であって、これが映像となるとちょっと変わってくるんで。(アニメの消化不良感は、アニメならではの表現が出来るネタが、ほぼ前半に集中している事も理由であると考えてみたり)

 あと、文章が、もう「そげな所まで描写せんでも(^_^;)」と思うほどに、一つの行動に対して細かい描写を積み重ねるタイプだったんで、そりゃ時間制約あるアニメでは心理表現も半減以下だろうよ(^_^;)と。ま、他にも色々考えれば、確かに原作読んだ後にアニメ、ってのは辛いだろうね(^_^;)

 それ以外では、アニメの方で若干、時系列を変更してるくだりがあるので、原作読んだ後では、アニメの展開にクエスチョンマーク付いたりも(^_^;)
尺の問題で細かいシークエンスがオミットされるのは仕方ないけれど、ボーリング場のくだりが一切無いってのは、ある意味勿体ないよなぁ…

 そんなこんなで、改めてアニメ版を考えてみるに、色々と問題点に気づく訳ですが。しかしながら、私がこのアニメを評価してるのは、音楽がきちんとシーンに合わせて作曲されてるっぽい所ですかな。TV作品の様に、イメージで発注して録り溜め、後で選曲して使うと言う方法で無くて、各話毎にきっちり作曲した様に見受けられた。DVDオンリー作品故の強みでしょうか。そんな理由から、音楽の出来自体はフツー(^_^;)だけど、画面とのシンクロによって、各話のクライマックスはきちんと盛り上げに成功してる。この点は評価出来る部分です。まさに、劇伴ね。とりわけ、第三話「十八時四十七分三十二秒」クライマックス。自転車を飛ばす浅羽に被さる、現実音楽と心情表現二つの効果を併せ持った「マイムマイム」の旋律と、その後の、伊里野の操縦するブラックマンタと浅羽によるフォークダンスのシーンは、音楽と映像が見事に相乗効果を発揮した、このアニメ最大の見せ場と言えましょう。
 
 まぁ、なんだかんだで、終盤に向けては、ちょいとした希望が見えた!→一転して奈落に落とされる、てな、鬱になるような展開の連続で、読んでいても辛い。観ていても辛い。しかしながら、帰ってくる日常と帰ってこない非日常、双方への懐かしさが込み上げてくる、なんとも不思議な後味を残す作品でした。

 結論。俺は面白かった。以上。

 追伸。原作読んで思ったのだが、中野学校云々とか言う椎名真由美、モデルは椎名次郎なのだろうか(^_^;)

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